二月、三月、四月と、修養科に行っていました。
6月になるのに今更になって四月の話をしているのは情けないのですが、最近何かとバタバタしていたのと、いざ書こうと思ってパソコンの前に座っても、なかなか思うように書けず、つい動画見たりゲームを初めてしまったりという情けない事態に。
修養科の出来事を一つの記事にまとめて書こうとしたので、なかなか進まなかったということもあったので、小出しにしてまとめることにしました。
暫くは短い記事を連発することになると思います。
本題に入ります。
修養科に行こうとした理由は色々とあるのですが、元々の切っ掛けは、恥ずかしい話なんですが、今まで勤めていた会社を辞めたかったこと。会社を辞めるにあたって、退社の理由をどう説明しようか悩んでいた時に最初に思い浮かんだのが、どうせ辞めるのなら、この機会についでに修養科に行って、修養科に行くことを理由にすればいいのではないかということ。
しかし、会社を辞めるこじつけに利用するようなことはやはり良くないなと直ぐに思い直し、会社には退職理由は正直に話すことにしたのですが、それでも修養科というものを改めて考え直し、おぢばで過ごさせて頂く3ヶ月というものを想像したとき「ついでに行く」ではなく「行きたい」という気持ちに変わりました。
八月に会社にその旨を伝え、いつ辞めるんだと聞かれたので、遅くとも翌年の春までには行きたいが、ある程度は会社の都合に合わせますと言ったところ、社長より「早ければ十月、遅くとも年末までには退社できるようにする」との言葉でしたが、結局は十二月末に退社が決まり、二月から修養科に行くことが決まりました。
同じく二月から一緒に修養科に行く同期は9人でした。
うちの教会では、修養科の前後に教会で五日間勤める(五日勤め)ように決められていて、教会での五日勤めの翌朝におぢばに出発して、修養科が終わったら教会に行き、教会で5日間勤めた後で解散ということになっています。
その、最初の五日勤めが終わった次の日のこと。朝の9時に出発という予定だったので、修養科生皆で荷物を持って、いざ出発というところで突然待ったが掛かりました。
宿泊予定の詰所で、コロナウイルスの感染者が出てしまい、受け入れ不可という事態が起こってしまいました。
荷物も持って、バスが来るのを待つだけという状況での突然の予定変更、出発延期ということで、同期の皆も困惑気味でしたが、そうは言っても仕方のないこと。
結局教会で、出発出来る時を待ちながらひのきしんということに。
28日に、上級教会の詰所で受け入れて頂く事が決定したとの連絡があり、翌29日の夕方に出発。夜にようやくご本部に到着しました。
そこから修養科が始まりました。
約二週間、上級教会の詰所で過ごさせて頂きましたが、(自分の記憶が正しければ)16日に、本来の詰所で受け入れ体制が整ったとのことで、この日の夕方に詰所に移動。
慌ただしい引っ越しも終わり、ようやく明日から本来の修養科が始まる…かと思いきや、またもコロナが発覚。先輩の修養科生が陽性反応でした。
他の修養科生も感染してしまっている可能性も高く、学校にウイルスを持ち込んでしまう訳にもいかないので、その日から登校中止。それぞれ自室待機ということに。
その後も色々とあり、結局登校再開出来たのは、月末も近い頃でした。
その後2ヶ月を過ごし、四月末に無事修養科を卒業に、教会の五日勤めも終わり、同期と名残惜しい別れも済ませ、家に帰ると、なんと今度は親父がコロナの濃厚接触者で自宅待機中とのこと。
二日後にはおぢばに帰り、詰所に残しておいた荷物を取りにいかなければならないので、食べ物を買い込んで、二日間自室に引きこもることに。
しかし、いつまでも自室引きこもりもしていられず、結局は数日の間、自分も自宅待機することに。Amazonで簡易検査キットが買えたので、検査したところ結果は陰性。
いざ出発かと思ったら詰所で陽性反応があり出発延期。
上級教会の詰所から本来の詰所に移動したと思ったら翌日にまたも陽性反応。登校中止。
家に帰れば今度は親が濃厚接触者。
散々と言うかなんと言うか…
そう思うと、自分は余程難しい所を凌がせて頂けたのだろうか。
大きな節が迫っている所を、大難は小難、小難は無難に変えて頂けたのではないかと思わずにはいられません。
人それぞれに修養科に行く動機というものが有り、教会長、布教所長に勧められて行く人、自ら志望して行く人、定年退職になって行く人、身上、事情に迫って行く人、様々ではあると思いますが、どれも人が決めた訳ではなく、神様が引き寄せて下さるのだとお聞かせ頂きます。
修養科に行きたかったけど、なかなか行く機会に恵まれないという人も知り合いにいます。
行く気は無かったけど仕方なくという人も同期に何人かいました。
修養科に行くことになるのも、二月から行くことになったのも、同期の人たちが同期として集まったのも、なってくるのが天の理のお言葉通り、全て神様が引き寄せて下さるものだと聞かせて頂きます。
そこから思案させて頂くと、会社を辞める口実に修養科が思いついたのも、行きたいと思うようなったのも、退社が十二月まで引き伸ばされたのも、全て神様だったのだと思わせて頂きます。
修養科の三ヶ月は、学べたことも多々有りましたが、同時に反省や後悔も多々あります。
自分の癖性分の強さも改めて実感させられました。
同期に色々と迷惑も掛けてしまったように思います。
それでもあの9人と一緒に行かせて貰えて良かったと思います。
取り敢えず今回の記事はこれだけで終わらせて頂きます。